おやじの館アーカイブス
Vol.19 おやじの遠足 第2弾 寺田楽器製作所見学 2002年6月
参加者は、お客さんのK氏、N氏、私大蔵とたぬき女史です。

今回は「おやじの館」遠足編第2弾です。
昨年、松本のモ−リス工場見学でとても盛り上り、また他の工場も見学に行こうという事になり、 今回は Ken GuitarsのオリジナルギターAngel シリーズを作っている名古屋の寺田楽器製作所に行く事になりました。
今回、寺田楽器製作所見学メンバーは、Ken GuitarsのオリジナルブランドのギターAngel シリーズを扱って頂いている神田商会の重田氏と何時ものおやじのK氏、N氏と私にたぬ き女史との5名です。 当日、東京駅の新幹線ホームに集合ということで新幹線ホームに到着。とにかく、駅弁を確保すべく売店へ。散々悩んで駅弁を購入、売店を出るとそこにN氏が。

私.「おはようございます。」

N氏.「あっおはよう。けっこう早く来てしまったよガハハハ。」朝なのでいつもより馬力が少ない様です。

N氏.「Kさんはまだ見ないね。」 そうこうしているうちにKさん、重田さんも来られ新幹線に乗り込み旅の始りです。

早速、Nさん、Kさんとギター談議で盛り上がります。 重田さんは出張の鉄則、移動時間は睡眠時間です。

N氏プレーヤーを見ながら「これて、安くて結構良いだよ。」

私.「確かに便利ですね。Nさんみたいな使い方をするのでしたら。」

K氏.「そうですね。何時も完璧な環境でプレイ出来る訳ではないですからね」「そういう意味では正に分明の力ですね。」

私.「基本的にスイッチが、2個以上在ると私はダメです。」

K氏.「ハハハマルチなんか絶対無理そうですね。」

私.「シールドをD-120F搭載した65年製のDuluxe Reverbに挿して終わりです。」

K氏.「ハハハ、確かに解り易い。ところでそろそろ名古屋ですか。」

私.「そろそろでしょう。」名古屋に到着です。

新幹線を降り、名古屋駅でローカル線に乗り換え 3つ目の駅が寺田楽器製作所の在る蟹江です。 駅には寺田楽器製作所の部長中川氏が車で迎えに来て下さっていました。



株式会社寺田楽器製作所の蟹江工場です。


工場に到着し事務所に通され専務の寺田正男氏、常務の寺田章吾氏が迎えて下さいました。そこで寺田楽器製作所の歴史などをお聞かせ頂きました。
寺田正男氏.「フォークブームの時は本社工場、蟹江工場、白川工場で多くのギターを作っておりましたわ。」「良く売れたもんですわ。」

私.「当時、我々の世代は、ギターを買うのが夢でしたから。とても欲しかった。」

K氏.「本当に憧れたものです。」

寺田正男氏.「今から20年前頃にフォークだけではなくエレキもやらなきゃいかんという事でセミアコ、フルアコの生産を始めてグレコなどをやらせて頂いてきてたんですわ。」「今、セミアコ、フルアコ、アコースティック、 ソリッドギターみんなやっていますですわ。」「色々なブランドもやらさせて頂いていますが、各モデルの生産発注数がそんなに大きい数でないもんで手間が掛かって大変なんですわ。右成形作り、左成形作り、表作り、裏作りで。」

私.「でも色々なブランドの色々な機種を長年作られていますから作られるギターの仕上がり、サウンドなど凄く良いと思います。」

K氏.「ほんとうに寺田製のギターは、良いと思いますね。私はファンなんですよ。」

寺田正男氏.「うちはあれもやっておるんですわラッカーで。」

K氏.「そうだと思いました。」「ところで自社ブランドというとVGだけでですか。」

寺田正男氏.「まあ色々事情があってうちでやる事になりましたわ。」その後、色々興味深いお話をお聞きしました。

お世話になりました寺田楽器製作所

中川氏、寺田章吾氏、 寺田正男氏

いよいよ工場見学です。工場を案内して頂いたのは常務の寺田章吾氏と部長の中川氏です。
まずは木材が山の様に積まれた場所に行きました。

当然、K氏どんどん奥まで入って行き「わーこれは、あれは」と大騒ぎ。 さらにギター型のジグを見つけてまた大興奮!! なかなか前に進めません・・・・ 何とかK氏をなだめてやっとギターを製作している所の見学開始です。 (K氏と以前、新木場のもくもくへ行った時も長かった。 私も木材は大好きな方ですが遥かに上を行かれています。)
最初の所はハコ物ボディを製作しているところです。 ハコ物のサイドの成形を型にはめて温めてしています。また、 その近くでは成形されたサイドがニカワを使って貼り合わされています。そして貼り合わされたものを機械で押さえ付けて完全に接着します。
トップにブレーシングを張る作業も見た目と違い実際にやるととても難しい作業です。工場の人がそれぞれ の工程の作業を手際よく進めています。
K氏とN氏は、各工程で寺田正男氏に色々と質問をされています。

材の山
こちらはトップ材
ボディサイドを成形するため形。
ボディサイドの成形。
熱を掛けて成形します。
手作業で仕上げ。
成形されたサイド。
組み立てられたサイド。
ブレーシングを張る作業。

ボディサイドとトップの接着です。

次の場所ではNCルータ−によって木のブロックからパーツが削り出されて行きます。 さらに進むとトップを貼られてボディの形になったものにバインディグ用の溝を手作業で彫っています。 寺田正男氏.「アーチドトツプのギターのカッターウェイの部分は機械では出来ないのでこうして1本づつ手で加工するんです。」 桐生氏は各工程で寺田正男氏に色々と質問をされています。何時も工場を見学をするたび思う事はギターがいかに多くの手作業で作られているかとい事です。
次に進むとネックが作られています。工場の方が1本1本四角い形状のネックの裏を専用の刃物で削っています。 この後さらに細かい番手のヤスリを掛けて丁寧に仕上げていきます。そして次にボディと結合されます。 さらに進むとバインディングをボディに貼っています。素早く何本かの紐状のバインディング材を積層させながら貼っていきそれをテープで固定させていきます。

大きなNC。同時に2つのものを削り出します。
バインディング材です。
バインディング材をボディに接着材で 張ってテープで固定します。
接着が固まるまで置かれます。

接着が終わって磨かれます。

 
ネックとボディが結合されます。
ネックの握りを削っています。
 
サンディングをして滑らかにします。

次は、塗装のための下地の仕上げです。特にラッカー仕上げの場合、木部を400 番以上の番手のヤスリで仕上げます。スベスベになるまで仕上げるのにかなりの時間が掛かります。

K氏.「大変ですよねこの作業。私も塗装をしますが下地の処理は本当に大変ですからね。」

私.「塗装は本当に大変でね。どこか失敗したり手を抜くと上がりにてきめんに影響が出ますからね。」次は塗装です。 スプレーガンで手早くサンバーストを吹いています。文章で表現しづらいのですが、とにかく鮮やかな手運びで、あの雰囲気あるサンバーストのグラデーションを吹いて行く様子は感動的です。

K氏.「プロですから当たり前と言えばそうなんでしょうが。でも、凄い技術ですね。」 塗装されたギターは乾燥のための部屋に入れられます。 乾燥が終わったギターは磨かれてハードウェアが取り付けられます。 その工程のところで、乾燥が終わったAngel 7を発見。

K氏.「あはは、可愛いのが並んでますね。何かとてもおかしい。」 と言いつつその中の1本を手に取りながら「このバーストとっても雰囲気があって良いね。」

私.「なんか生まれたての自分の子供を見ているみたいで、ちょっと感動してしまいました。」

K氏.「カバの子供ですね。ハハハ。」

私.「・・・・・・。」

たぬき女史.「こういうふう並んでいるととても可愛いですね。」

鮮やかな手さばきで塗装がされて行きます。
完成間近のAngel 7発見。


塗装後、磨がかれてハードウェアが取り付けられ弦が張られ最終チェックをされてギターの完成です。

この時点で、お昼をだいぶ過ぎてしまっていて寺田正男氏が「食事に行きましょうか。」 と再び中川部長の運転で、寺田楽器行き着けのお店 「らばんだ」に連れて行っていただきました。 蘭の花の鉢植えが沢山あるお店でとても良い雰囲気のお店でした。 食事の後、再び朝お話をお聞きかせ頂いだいた事務所にもどりました。

寺田正男氏.「工場見学は、どうでしたか。」

私.「とても興味深いものばかりでした。」

N氏.「前の見学の時もそうだったけどほんとにギターを作るのは大変な作業だね。」

寺田正男氏.「Kenさんは、新しいモデルやるつもりは無いの。」

私.「いやーうちのサイズ( 会社の )では数が多くてそうそうは無理です。」 「やりたいものは、色々あるんですが。」

寺田正男氏.「まあ少なくても試しってことでやってあげるわ。せっかく来てもらったしハハハ。」 という事でニューモデルをお願いする事になりました。

詳細はまたの「おやじの館」の時にお伝えします。( 現在発売中のAngel 4 です。)

その時、Kさんが、事務所に無造作に置かれていた相当時間が経った様子の半加工状態のスルーネックのベースを見つけ「あっこれ欲しいー。」 と言い寺田氏に譲って下さいと熱い眼差しで言っていました。

K氏を工場に連れてくるともう大変です。

帰りの新幹線の時間までまだ余裕があったので重田氏の案内で名古屋市内の楽器店を見学しました。

名古屋の市内を歩きながら私がとても気に入った名古屋の風景を重田氏に「名古屋ってとても素敵ですね。」とお話しすると「私もそう思います。」と力強くおしゃっていました。

重田氏は、翌日も名古屋でお仕事がある為お別れして「おやじの館」のメンバーは新幹線に乗り東京へ向かいました。帰りの車内でもK氏が興奮ぎみにあのギターこのギターあのベースとお話されていました。

私.「こんなギターもやりたいですがコストが凄く掛かってしまうでしょうから・・うー。」

K氏.「でも良さそうですね。」

私.「毎日、こんなギターあんなベースとか言いながらギターやベースを作っていられたら面 白いでしょうね。」

K氏.「確かに。」

N氏.「仕事にならないね。」

などとあだこうだと言っているうちに東京に到着しました。

2002年6月

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